・秋の1週後、11月第1週に菊花賞が行われていたが、1996年の番組改編で現在の順序に入れ替わって以来、両者の地位は劇的に変わった。世界的な長距離戦の衰退傾向を映した菊花賞の地盤沈下である。10月26日の京都と、11月2日の東京で展開されたシーンは、この流れが不可逆的で、現状のまま2つのレースが金看板を背負い続けるのは無理であることをまざまざと示した。凡戦の6日後の歴史的名勝負は、現在の競馬に働く力学がもたらした必然であった。
失われた特徴
菊花賞当日、筆者は京都で何人かの関係者に声をかけられた。一様に今回のメンバーの質の低さを捕らえ、「G1と言い難い」「今のままでは地盤沈下の一方」と憂慮しており、中には「古馬との混合戦に衣替えしては」という人もいた。当コラムは今世紀の早い段階から、「3冠の時代は終わった」と主張していたが、反発する向きもかなり多かった。おひざ元で菊花賞衰退論を聞くと隔世の感がするが、今年の顔ぶれを考えれば無理もない。昨年の
ウオッカに次いで今年の
ディープスカイと、2年連続で五体満足なダービー馬に袖にされた。神戸新聞杯2着で出走を予定していたブラックシェルは屈けん炎で出走を回避し、結局、春の2冠優勝馬(皐月賞馬
キャプテントゥーレは骨折休養中)と、最大の前哨戦の1、2着馬が不在。神戸新聞杯3着のオウケンブルースリが主役候補に押し出され、当日も1番人気となった。JRAが事前に発表するプレレートでは、ダービー2着の
スマイルジャックの113を最高に、スマートギアの96(ラジオNIKKEI賞4着時)まで、14頭に数値が与えられたが、各馬の戦歴を見れば、多くは1000万条件を勝ったばかりで、「3歳1600万円以下」という構成だった。
筆者は96年以降、98年以外は毎年、現場で見ているが、地盤沈下を感じる一方で、菊花賞特有のレース運び、勝ち方が辛うじて生き残っていたことも目にしていた。典型的なのは03年のザッツザプレンティ、04年のデルタブルースである。入りの1000メートルが60―61秒。中盤は63秒台にスローダウンし、最後の1000メートルは再び60秒台。トータル3分4秒台を早めに仕掛け、残り800―600メートル地点で先頭。そのまま押し切るパターンである。「肉を切らせて骨を切る」を地で行くような戦法には、決まれば相応のカタルシスが確かにあった。両馬とも父がダンスインザダークで騎乗者は安藤勝己と岩田康誠。地方競馬出身の騎手がこの戦法で勝ったことも、JRAの騎手が抱える弱点を鮮明化した点で、それなりに意味があった気がする。
だが、今回はこうした菊花賞らしさも影を潜めた。象徴的だったのはダンスインザダーク産駒の不在。競走名を隠して18頭の父馬のリスト(計15頭)を出したら、誰も3000メートル戦とは思わないだろう。今年の10月第3週を終えた時点で算出した産駒の勝利レースの平均距離は、最長がジャングルポケットの2010メートル。結果的にオウケンブルースリが快勝し、数字通りとなったのだが、父は東京に強いが、菊花賞や
天皇賞・春では窮屈そうだった。この父がステイヤー扱いされるのは、「ステイヤー」概念自体が消失したようなものだ。
救済戦としての菊花賞
今回の読後感を決定付けたのは、ノットアローンの動きだった。1周目の4コーナーから直線にかけて折り合いを欠き、事前の逃げ宣言通りに先手を取ったアグネススターチに並びかけ、1000メートル通過が58秒8というハイペースを演出した。蛯名正義の騎乗停止で代打騎乗した横山典弘は、菊花賞で幾度も見事な立ち回りを見せた長距離巧者だが、その横山典にして制御不能に陥る馬が、3000メートル戦に出てきたことに、問題の本質はある。1000―1200メートルは12秒2だったが、この後は一気にスローダウン。13秒9―13秒8―13秒5―13秒3―12秒9という軽めの調教並みのラップが刻まれ、1200―2200メートルの区間は何と67秒6。ここで多くの馬が折り合いを欠いて圏外に去った。結局、前半の追走に苦労する面を抱えていたオウケンブルースリが展開利を受ける形となり快勝。1番人気の面目を保ったが、戦前、関係者から3000メートルを懸念する声も聞かれた。内田博幸は「折り合いがつくから大丈夫」と、自信を示していて、言葉通りの結果となったが、見方を変えれば、距離適性は「折り合いがつくかどうか」という問題に回収されたのである。
もう一つ、明らかになったのは、菊花賞が救済レースと化したことだ。場を乱したノットアローンは、過去の戦績から明らかに1800―2000メートル向きだが、おそらくは古馬との力関係を考慮して
天皇賞に進まなかった。また、勝ったオウケンブルースリを含め、出走18頭中9頭は1600万条件に出走可能だったが、古馬相手に秋口の1600万条件を勝つことは容易でない。ところが、菊花賞に回れば、1着本賞金(1億1200万円)だけでも1600万条件(1830万円)の6倍強。付加賞も考慮すると、余りに好条件の「救済レース」であろう。今回3着のナムラクレセントは、付加賞603万6000円を加えて3403万6000円を得たが、
ディープスカイは
天皇賞・秋3着で世代最高の評価を得ながら、賞金額は3352万8000円。完全な逆転現象である。
名勝負に差した影
天皇賞・秋の方は、多言を要しない名勝負となった。レコードを更新する1分57秒2は、現在の東京の芝の状態とペースを考えれば驚くには当たらない。だが、ある程度のタイムで、なおかつ上位5頭が0秒1差で流れ込む大接戦は、近年では01年の
エリザベス女王杯が思い起こされる程度。上位9頭の走破タイムが従来のレコードを0秒3以上上回り、全体の流れが化学反応のように各馬の能力を限界まで引き出したことを物語る。やはり、現在の日本で役者をそろえるなら2000メートルが最適ということだ。
天皇賞のプレレートは
ウオッカが120(牡馬換算で124)で断然のトップ。
ディープスカイのダービーが117、大阪杯の
ダイワスカーレットが113(同117、昨年の有馬記念が115)だった。5日に発表されたレートは
ウオッカが118、
ダイワスカーレットが117で、アローワンス(4ポンド)のない
ディープスカイが120で最高だった。
ウオッカが安田記念を下回ったのは着差が小さかったことに加えて、
ディープスカイ以下の数値が上がり過ぎるのを防ぐ意味もあった。
名勝負の影で惨状を呈したのが4歳牡馬である。一昨年と昨年のJRA賞受賞馬を含む4頭が参戦したが、
アサクサキングスを筆頭に「(8)(10)(16)(17)」。掲示板の下の部分を7歳のカンパニー、エアシェイディが占めたのとは対照的だ。今年に入って、4歳牡馬はG1未勝利どころか連対もゼロ。高齢馬にいいようにやられている。3歳も
ディープスカイが一枚看板という構図が明確になり、あとはジャパンCでオウケンブルースリがどこまで戦えるかという程度。キクノサリーレは武蔵野Sを勝ったが、芝の古馬混合重賞で3歳勢は未勝利。
天皇賞・秋で健闘した7歳世代は、ダービーで勝ったキングカメハメハと8着コスモバルクの間に6頭のサンデーサイレンス産駒が挟まっていた。6歳世代も菊花賞は上位4頭がサンデー産駒。サンデー自身の体調が悪かった02年産世代(現5歳)以降、牡馬に関しては、レベルが年々落ちているとの仮説は成り立ちそうだ。
世界に通用するか?
主役となった牝馬2頭の関係者は、無事なら来年、海外を目指す意向を持っている。
ウオッカは今年もドバイ・デューティフリーで4着に入っており、条件が合えば戦えるメドは立てたとは言える。ただ、チャンピオンの体面を重視して、例えば
凱旋門賞を目指すのであれば、相手や未知の環境に加え、右回りや距離といった要素とも戦わざるを得ない。
ダイワスカーレットは1800―2000メートルの大レースがターゲットになりそうだが、まず「芝か全天候馬場(AW)かダート」かの選択を迫られる。こと2000メートルに関しては、芝よりダートやAWの方に格式の高いレースが並ぶ。行き先を欧州の深い芝にするか、ダートやAWにするかは悩ましい選択だろう。ただ、いずれにしても近年の遠征の実績を見る限り、厳しい見通しをせざるを得ない。牝馬としては歴史に残る両馬も、マツリダゴッホ(クイーンエリザベス2世C6着)やメイショウサムソン(
凱旋門賞10着)を、圧倒したわけではないからである。
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